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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)8783号 判決

原告 高橋吉拡

被告 山本健三

主文

被告は原告に対し別紙第一目録(三)記載の宅地について賃借権を有しないことを確認する。

被告は原告に対し別紙第一目録(三)記載の宅地をその地上に存する同第二目録(二)記載の家屋を収去して明け渡し、かつ、昭和三十三年四月一日から右明渡ずみに至るまで一ケ月金四百二十一円の割合による金員を支払え。

被告は原告に対し別紙第一目録(一)(二)記載の宅地をその地上に存する別紙第二目録(一)記載の家屋を退去して明け渡せ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項および同第二、三項中土地明渡請求部分と同旨ならびに被告は原告に対し昭和三十三年四月一日から右土地明渡ずみに至るまで一ケ月金千円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに給付の請求部分につき仮執行の宣言を求める旨を申立て、その請求の原因として

(一)  原告は、昭和十三年三月以来東京都渋谷区八幡通一丁目四番の一宅地八十二坪八合九勺(以下「一番宅地」という。)を所有し来り、また、これに隣接する同所同番の五宅地八十三坪三合七勺(以下「五番宅地」という。)は、前所有者草間ノブから昭和十八年三月以来原告が賃借して来たところ、昭和三十四年六月十四日原告においてこれを同人から買受けたので爾来原告の所有に属する。

而して、一方、右両土地は昭和三十二年頃から東京都の区画整理が施行され昭和三十三年二月末頃工事が完成した結果換地によりその位置、形状が変更せられ、一番宅地は同所同番の一宅地六十二坪二合四勺となり、五番宅地は同所同番の五宅地六十一坪九合七勺となつた。

(二)  原告の養母である訴外高橋カツノは、区画整理前から、右両宅地上に跨つて三棟の家屋を所有し、原告が一番宅地の所有者となり、また、五番宅地の賃借人となつてから後は、原告と同訴外人との間にそれぞれその敷地について事実上の使用貸借関係が行われて来たところ、原告は、昭和三十二年七月二十九日区画整理の施行等を理由に右使用貸借関係を解除し同年九月十二日までに地上の工作物等を撤去し土地を明け渡されたい旨を申入れたところ、カツノは従来から区画整理当局から一時移転の要求を受けておりその移転先もなかつたし、家屋も既に耐用年数が尽きていたので、この機会に建物を取毀撤去し敷地を返還した方が移転補償金の交付を受けられるだけでも有利であるとして、同年八月五日原告の申入を応諾したので、同日をもつてカツノと原告との間の右各土地の使用貸借関係は解除し、カツノは原告に対し右各家屋の敷地返還義務を負担することとなつた。

(三)  然るところ、右地上家屋のうち、一番宅地上の東京都渋谷区八幡通一丁目二十四番地家屋番号同町八十四番木造ブリキ葺平家二戸建一棟建坪十五坪七合五勺(以下「八四番家屋」という。)のうち向つて左側一戸建坪十坪五合五勺の家屋は、従前から、被告において、所有者である訴外高橋カツノから期限の定なく賃借居住しており、カツノは区画整理事務の開始当時から被告に対しその明渡の交渉を継続していたが応諾を得るに至らず、原告との間の前記約定期限は勿論区画整理事務所からの移転命令に定められた昭和三十二年九月十二日の移転完了期限をも遵守することができなかつたので、遂に已むを得ず、同年十月二十五日附同日到達の書面をもつて被告に対し右賃貸借契約の解約申入をなした。右のごとく、同訴外人は原告に対し右家屋の敷地である土地の明渡を約し、建物についても既に朽廃してその維持が困難となり、区画整理のためその移転を命ぜられていて期限も経過していたのであるから解約申入につき正当の事由を有することは勿論であるから、右申入の日から六月を経過した昭和三十三年四月二十五日には右賃貸借解除の効果が発生したにかかわらず、被告はその後も依然として家屋を占拠しその明渡義務を履行しない。

(四)  その間、前記区画整理は進行し、右八四番家屋のうち向つて右側の一戸は取毀撤去され、向つて左側の被告の居住する一戸は独立の家屋として直接施行により換地上に移転せられ、建坪に減坪を生じ別紙第二目録(一)記載の家屋となつたが、従前は右被告の占有部分は五番宅地上に存したところ、移転の際右家屋は一部が一番宅地上に跨り、そのうち六坪四合二勺の部分が一番宅地の一部(別紙第一目録(一)記載の部分)に、一坪五合六勺の部分が五番宅地の一部(同目録(二)記載の部分)に、位置することとなつた。

而して、訴外高橋カツノは昭和三十三年一月七日右家屋を訴外高橋謙太郎に譲渡し、同訴外人はカツノの原告に対する家屋収去土地明渡義務を重畳的に引受けるに至つたが、被告は右家屋の占有を継続し、引き続き原告の右敷地部分の土地所有権を侵害している。

(五)  更に、被告は、区画整理前である昭和三十年五月頃八四番家屋の被告賃借部分の東南側に接続して五番宅地上に、何等の権原もなく、木造亜鉛メツキ鋼板葺工作物建坪五坪四勺を築造し、同年六月二十八日被告所有名義をもつてこれが保存登記をなし、右建物はその後区画整理により五番宅地上の別紙第一目録(三)記載の部分に移転せられ坪数を減少し別紙第二目録(二)記載の家屋となつた。爾来被告は引き続き土地貸借権ありと主張して右敷地部分を不法に占拠し原告の土地所有権を侵害している。

(六)  右の次第で被告は別紙第一目録(三)記載の土地につき賃借権を主張して同地上に別紙第二目録(二)記載の建物を所有し、また、別紙第一目録(一)、(二)記載の土地につきその地上の別紙第二目録(一)記載の家屋を占拠し、それぞれ、右土地を不法に占有し原告の同土地所有権を侵害し原告に対し賃料相当の損害を蒙らしめており、右土地賃料は一月坪当り金百円を下らず十二坪二合二才につき合計金千円を下らないのであるから、被告に対し右土地賃借権の不存在確認と、別紙第二目録(二)記載の家屋の収去による同第一目録(三)記載土地の明渡および同第二目録(一)記載の家屋の退去による同第一目録(一)(二)記載土地の明渡ならびに前記区画整理完了後たる昭和三十三年四月一日から右明渡ずみに至るまで一ケ月金千円の割合による損害金の支払を求める。

と述べ、被告の答弁および抗弁に対し

(1)  別紙第二目録(一)記載家屋の賃料が被告の主張するとおり一ケ月金八百円であることは認めるが、その余の答弁事実中原告主張の事実に反する事実は否認する。

(2)  被告が別紙第一目録(二)、(三)記載の宅地部分を昭和二十二年七月頃訴外高橋カツノから賃借しその頃地上に作業場を建築したとの事実および昭和三十四年五月四日同部分を訴外草間ノブから賃借したとの事実はいずれも否認する。仮りに右各賃貸借の事実があつたとしても訴外高橋カツノは当時右土地について何等の権原を有しなかつたのであるから同人との間の賃貸借契約は無效であり、また、草間ノブは原告に賃貸中の土地につき被告に重複して賃貸したのであるから原告に対する関係においては無効であるといわなければならない。その他の抗弁事実中原告の主張に反する事実は否認する

と述べ

立証として甲第一号証から同第八号証まで、同第九号証の一から四まで、同第十号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三の一から四まで、同第十一号証の一、二、同第十二号証の一、同号証の二の(イ)、(ロ)、同号証の三、同第十三、十四号証、同第十五号証の一、二および同第十六号証を提出し、証人仲田秀穂、同万代国雄、同高橋カツノおよび原告本人の各尋問を求め、検証の結果を援用し、乙号証の認否として乙第六号証および同第十一号証は知らない、爾余の乙各号証の成立を認め、乙第八号証から同第十号証までを利益に援用すると答えた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求原因に対する答弁および抗弁として

(一)  請求原因一の事実中一番宅地および五番宅地が原告の所有であることは否認する。五番宅地はもと高橋カツノの所有であつたところ、同人は昭和十八年三月十八日訴外草間ノブにこれを譲渡したもので、昭和三十一年暮頃原告がこれを右訴外人から譲渡を受けたが右譲渡は仮装行為であつて真実の所有権は依然として草間ノブに属する。

同二の事実は知らない。原告と高橋カツノとの間の使用貸借解除の合意は仮りにあつたとしても通謀してなした虚偽の表示であつて無効である。

同三の事実中被告が原告主張の家屋を高橋カツノから賃借しこれを占有していることおよび同人から原告主張の日その主張の解約告知が到達したことは認める。被告は昭和十四年四月右家屋を賃借したもので現在の賃料は一ケ月金八百円である。原告主張の解約告知は高橋カツノの意思に出るものでないばかりでなく、正当事由にもとづかない解約であるから無効である。

同四の事実中被告の居住家屋が原告主張の位置に在ることは認める。右家屋は区画整理前より一番宅地および五番宅地に跨つていた。

同五の事実中被告が原告主張の家屋を築造しその所有権保存登記を経たことは認める。

同六の事実は争う。

(二)(1)  別紙第一目録(一)記載の宅地部分については、区画整理により家屋を移転する際、原告はその移転を承諾し該部分をその敷地として使用することを承認したのであるから右家屋に居住する被告に退去を求めることは許されない。また、右家屋の所有者である高橋カツノは被告に対し家屋の明渡を求める意思を有せず被告は現に同人との間に賃貸借を継続中である。同人がなした賃貸借契約の解約告知は同人の意思にもとづかない無効のものであるばかりでなく、同告知は正当の理由を欠きその効果を発生しないのである。従つて、原告が被告に対し右家屋の明渡を請求するのは理由がない。

(2)  次に、別紙第一目録(二)、(三)記載の宅地部分については、被告は昭和三十四年五月四日当時の所有者である草間ノブから該部分を含む約七坪の部分を賃料一ケ月金七百円の約定で賃借し、五月分の賃料は支払つたが、六月分以後の賃料は受領を拒絶せられたので供託中である。

元来右部分を含む五番宅地は、もと、訴外高橋カツノの所有にかかり昭和十八年三月十八日訴外草間ノブにおいてこれを買受取得したものであるが、草間ノブの買受後も高橋カツノがこれを借受使用しており、原告がこれを賃借したような事実はない。被告は、昭和二十二年七月、当時の賃借人高橋カツノから五番宅地のうち別紙第一目録(二)、(三)記載部分に相当する五坪八合三勺の部分を賃料一ケ年金三百円、年二回払の約定で作業場に使用する目的をもつて転借したうえ原告主張の作業場を建築したのであつて、賃料はその後増額せられ金二千円となつたが、昭和三十一年十二月分以降の賃料の受領を拒絶されたので爾来右賃料を供託中である。右賃貸借は草間ノブとの間の前記新たな賃貸借契約の締結後も、それとかかわりなく存続する。仮に右土地が高橋カツノの賃借したものでなく原告の賃借中の土地であつたとしても、原告は右賃貸借を承認し、昭和三十二年六月二十八日被告が右家屋につき保存登記をなした際にも、同年十月頃区画整理による移築の際にも異議なく、これを承認し、もつて、土地の転貸を承諾していたのである。このようにして被告は右宅地部分を従前から占有使用しているのであるから原告がその主張のように右宅地を訴外草間ノブから賃借したとしても該被告賃借部分については原告の占有がなく、その賃借権をもつて、被告に対抗し得ず、その後原告が右部分の所有権を取得したとしても被告は前記賃借権をもつて原告に対抗することができるのである。

従つて、原告の本訴請求は理由がない。

と述べ

立証として乙第一、二号証、同第三号証の一から十二まで、同第四号証の一から三まで、同第五号証の一、二および同第六号証から同第十二号証までを提出し、証人佐々木栄喜、同大屋文雄、同草間ノブおよび被告本人の各尋問を求め、甲号証の認否として、甲第二号証、同第六号証、同第九号証の二から四まで、同第十号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三の一から四までおよび同第十二号証の一は知らない、爾余の甲各号証の成立を認めると答えた。

理由

(一)  被告が、原告主張の一番宅地と五番宅地とに跨つて存する訴外高橋カツノ所有にかかる別紙第二目録(一)記載の家屋に居住してその敷地である同第一目録(一)、(二)記載の土地部分を占有し、また、昭和三十三年四月一日以前から五番宅地上に同第二目録(二)記載の登記した家屋を建築所有しその敷地である同第一目録(三)記載の土地部分を占有していることは、いずれも、当事者の間に争がない。

(二)  よつて、まず、右各宅地の所有関係について按ずるに、成立に争のない甲第一ないし第三号証、同第十六号証および同第十三号証に証人草間ノブ、同高橋カツノおよび原告本人の供述を併せ考えると、右両地は、もと、ともに訴外高橋初枝が相続により取得したものであるところ、一番宅地は同人の死亡により夫である原告が昭和十三年三月七日相続取得し昭和二十九年三月十六日その旨の取得登記を経由したが、原告の相読後右取得登記をなすまでは原告の養母である訴外高橋カツノが事実上これを管理し、右登記をした頃から、初めて、その管理権一切が原告に委ねられるに至つたこと、五番宅地は昭和十三年十月十四日右初枝からカツノに所有権が移転せられ、次いで昭和十八年三月十八日債務の弁済のため訴外草間ノブ(旧姓原口)に譲渡せられたが、右譲渡後もカツノにおいてこれを賃借し来つたところ、昭和三十一年三月二十七日原告が草間ノブとの間に右土地の売買予約を締結し、これと同時にその賃借人名義を原告に改め、更に、昭和三十四年六月十五日に至り原告が売買によりこれを取得しその旨の登記を経由したことを認めることができる。原告は五番宅地が訴外草間ノブの所有となつた後は、原告がこれを賃借して来た旨を主張し、前記甲第二号証土地売買予約契約証書には予約上の買主である原告が昭和十八年三月以降右土地を賃借して来たことを認め延滞賃料の存することを認める旨の記載があり、原告本人の供述にも右と同趣旨の供述部分が存するけれども、右供述部分は前顕高橋カツノ、同草間ノブの供述に照して措信し難く、同人等の供述によれば甲第二号証の記載は予約上の買主が原告であり、爾後予約完結までの間原告がその賃借人となり従前の延滞地代も責任をもつて支払うこととなつた関係からこのように記載されるに至つたものと認めるのを相当とするから右主張は採用することができない。

(三)  而して訴外カツノが右一番宅地と五番宅地とに跨つて原告主張の八四番家屋二戸建一棟を所有し、その向つて左側の一戸を被告に賃貸していたことは被告の明らかに争わないところであつて、右家屋の敷地の昭和三十二年八月当時における使用関係は、一番宅地については土地所有者である原告とカツノとの間の使用貸借、五番宅地については土地賃借人である原告とカツノとの間の使用貸借にもとづくことは前認定の事実に証人草間ノブ、同高橋カツノおよび原告本人の供述を併せこれを認めるに十分である。

(四)  原告は、右家屋敷地の使用賃借は昭和三十二年八月五日合意解除された旨を主張するに対し被告は解除の事実を争い、仮りに解除があつたとしてもそれは高橋カツノと原告とが通謀してなした虚偽表示であつて無効である旨を主張する。証人高橋カツノの証言により真正の成立を認める甲第六号証に同証言、成立に争のない甲第五号証および原告本人の供述を綜合すれば、高橋カツノは当時右両宅地上に八四番家屋を含む数棟の家屋を所有していたが、いずれも建築後五、六十年を経過した老朽家屋であつたこと、右家屋はいずれも、前示のごとく敷地である一番宅地の管理権一切を原告に委ね、五番宅地に関する賃借人名義を原告に改めることとした際にも、家賃収入をもつて小遺銭に充てるためカツノの所有に留めておいたものであること、当時区画整理のため敷地の形状、位置に変更を生じ地上の家屋を移転しなければならないことは必至の状況であつたこと、カツノはこれ等の事情から自分も高齢であり今更老朽家屋を換地上に移転するよりは、この際家屋を撤去し土地を原告の希望するとおりに利用させた方がよいと考え、原告に対し家屋を撤去し土地を返還する旨を申出で、これにもとづいて、事実関係を明確にするため、原告から甲第五号証使用貸借の解除に関する内容証明郵便を送付し、これに対する応諾の意思を表明する甲六号証内容証明郵便が昭和三十二年八月五日カツノから原告に宛て送付されたことを認めることができる。右事実によれば、原告と高橋カツノとの間の右家屋敷地の使用貸借契約は昭和三十二年八月五日合意解除されるに至つたものと認められ、右合意が当事者間に通謀してなした虚偽の表示であることを認めるに足る資料は存しないから、前記八四番家屋の敷地使用貸借も右日時をもつて適法に解除されるに至つたものというべきである。

(五)  その後右八四番家屋は区画整理のため換地上に移転せられることとなつたが、その際向つて右側の一戸は前記原告とカツノとの間の約旨に従つて取毀撤去されたけれども、向つて左側の一戸は被告が明渡を肯ぜず居住していたため撤去することができず、区画整理事務所の直接施行により一番宅地と五番宅地上の現在位置に移転せられ別紙第二目録(一)記載の家屋となり、更に、昭和三十三年一月七日高橋カツノはこれを解体木材として訴外高橋謙三郎に売渡したことは原告本人の供述により真正の成立を認める甲第十一号証の一、同供述および証人高橋カツノの供述を綜合してこれを認めるに十分であるところ、被告は右移転の際原告がその敷地部分の使用を承認したから原告の退去要求は失当である旨主張するのであるが、証人万代国雄、同佐々木栄喜および原告本人の供述を併せ考えると、右家屋の移転は昭和三十二年十月頃から翌昭和三十三年三月頃までの間に、東京都第三復興区画整理事務所の手により直接施行せられたもので、その際右整理事務所としては原告が撤去を主張し、被告は明渡を肯ぜず話合がつかないので、工事進行上直接施行による移転を実施するほかなしとして関係者を呼び集め了解を求め、土地所有者である原告の同意をも得たが、原告の右同意は区画整理事務の進行に協力する趣旨で敢て妨害はしないというに止まり、被告に対し敷地の占有使用権の存することを承認し、または、新たな使用権の設定を約する趣旨に出るものではないことが認められるから被告の右主張は採用の限りではない。

(六)  次に、被告は五番宅地上の別紙第一目録(二)、(三)記載の宅地部分については、同部分を含む約七坪の宅地について、昭和三十四年五月四日当時の所有者草間ノブから賃料一ケ月金七百円の約定で貨借した旨を主張するから按ずるに、当時右宅地を含む五番宅地については所有者である草間ノブと原告との間に売買予約が締結されていたことは前認定のとおりであつて、証人草間ノブの証言に被告本人の供述により真正の成立を認める乙第十一号証および同供述を併せ考えると、草間ノブは前記原告との間の売買予約の約定期限である昭和三十四年三月末日までに原告から買受の申出がなかつたので原告には買受の意思がないものと考え、同宅地が原告に賃貸中の宅地であることを失念したまま、同年五月四日被告の申出に応じて被告主張の部分につきその主張の約旨で賃貸借を締結し同月分の地代を領収したことを認めるに十分である。ところで、原告は右賃貸借の効力を争うのでこの点について考えてみるのに、原告が右五番宅地を賃借した当時からその地上に登記した家屋を所有することは証人高橋カツノの証言に弁論の全趣旨を参酌してこれを認めるに十分であるから、被告が右のようにその後に至つて原告の右賃借土地の一部を新たに賃借したとしても、原告の賃借権はこれに優先するものというべく、この点に関して被告は、更に、右土地のうち五坪八合三勺の部分は昭和二十二年七月、当時の土地賃借人である高橋カツノから賃料一ケ年三百円、年二回払の約定で作業場に使用する目的で賃借しその地上に前示別紙第二目録(三)記載の作業場を建築し、原告はこれを承認し承継したから右賃借権は草間ノブとの間の賃貸借契約にかかわらず存続すると主張するけれども、証人高橋カツノの証言によれば、右は被告が居住する家屋の軒先の空地を材木置場として無償で使用することを容認した程度に止まり賃借権の設定を約した趣旨ではないことが認められ、この点に関する被告本人の供述部分は右証言に照して措信し難いのみならず、右賃貸借があつたとしても被告が地上家屋につき所有権保存登記を経由したのは昭和三十五年六月二十八日であることは被告の認めるところであるからこれより先に対世的効力を備える賃借権を取得した原告に優先し得ないことは明らかといわなければならない。

右の次第で原告は右宅地部分につき被告に対する優先賃借権を有したというべきであつて、その後原告が前示のごとく右宅地所有権を取得したから同賃借権は混同により消滅したというべきであるけれども右消滅前に主張し得た効果はその後も存続するものと解すべきであるから、この点に関する被告の抗弁も採用し難いところといわざるを得ない。

(七)  右の次第であつてみれば、別紙第一目録(一)(二)記載の土地の部分については、原告と訴外高橋カツノとの間の土地使用貸借が解除せられた以上原告はこれをもつて被告に対しても主張することができ、高橋カツノと被告との間の同地上の別紙第二目録(一)記載の家屋に関する賃貸借が解除せられたかどうか、高橋カツノが被告の明渡を慾しないかどうかにかかわりなく、被告は右宅地占有の権原の由来する基礎を有せず、高橋カツノに対し損害の賠償を求めるは格別、原告に対しては所有権にもとづく土地の明渡請求を拒み得ないものというべく、また、別紙第一目録(三)記載の土地についても被告は何等原告に対抗し得る賃借椎を有せず権原なくしてその地上に別紙第二目録(二)記載の家屋を所有し同土地を不法に占有し原告の土地所有権を侵害して賃料相当の損害を蒙らしめているものとなさざるを得ず、右賃料相当額は区画整理完了後は一ケ月一坪当り金百円を下らないことが原告本人尋問の結果によつて認められるから四坪二合一勺二才につき一ケ月金四百二十一円をもつて相当とうるものと認められる。

なお、原告は別紙第二目録(一)記載家屋の敷地たる別紙第一目録(一)、(二)記載の宅地部分についても損害金の支払を請求するところ、同家屋の占有による侵害は家屋所有権に吸収せられこれによつて生ずる損害は家屋所有者との間において解決されるべき問題であるから原告が直接請求し得べき限りでないものといわなければならない。

(八)  よつて、原告の本訴請求は右認定の限度において認容すべきものとし、その余は失当として棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し、仮執行の宣言は不相当と認めてこれを附さないものとし主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一)

第一目録

(一) 東京都渋谷区八幡通一丁目二十四番一

宅地六十二坪二合四勺のうち

六坪四合二勺(別紙図面(A)(B)(ヘ)(ホ)(A)の各点を順次結ぶ線をもつて囲む部分)

(二) 同所同番五

宅地六十一坪九合七勺のうち

一坪五合六勺(別紙図面(A)(B)(ハ)(ロ)(A)の各点を順次結ぶ線をもつて囲む部分)

(三) 同所同番五

宅地六十一坪九合七勺のうち

四坪二合一勺二才(別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を順次結ぶ線をもつて囲む部分)

第二目録

(一) 東京都渋谷区八幡通一丁目二十四番地

家屋番号同町八四番

木造ブリキ葺平家 一棟

建坪十五坪七合五勺

現況

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建西側居宅

建坪七坪九合九勺

(二) 同所同番五

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建 一棟

建坪二十一坪五合八勺のうち

家屋番号同町二四番

木造亜鉛メツキ鋼板葺東側作業場 一棟

建坪五坪八合三勺

現況

木造亜鉛メツキ鋼板葺家屋 一棟

建坪四坪二合二勺二才

(A)点は、二四番一宅地と二四番五宅地との境界線上東北端より西南零間二分三厘の地点

(B)点は、(A)点より右境界線上西南三間一分二厘の地点

(イ)点は、(A)点より公道との境界線に並行に東南一間八分五厘の地点

(ロ)点は、(A)点より公道との境界線に並行に東南零間五分の地点

(ハ)点は、(B)点より東南零間五分、(ロ)点より西南三間一分二厘の地点

(ニ)点は、(B)点より東南一間八分五厘、(イ)点より西南三間一分二厘の地点

(ホ)点は、(A)点より公道との境界線に並行に北西二間六厘の地点

(ヘ)点は、(B)点より北西二間六厘、(ホ)点より西南三間一分二厘の地点

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